ポルトガル旅行記 

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旅行記タイトル:ポルトガル旅行記 

旅行期間:2006/03/03〜2006/03/10

旅行記の内容:今回の旅は母との親子2人旅。

ツアーではあるものの、現地までは自分たちのみで移動しなければならず、飛行機の乗り継ぎや言葉の不安を抱えながらの出発。

それでも無事、ユーラシア大陸の西端から大西洋を見てくるという目的を果たしてきました。

写真:今回の旅は母との親子2人旅。

ツアーではあるものの、現地までは自分たちのみで移動しなければならず、飛行機の乗り継ぎや言葉の不安を抱えながらの出発。

それでも無事、ユーラシア大陸の西端から大西洋を見てくるという目的を果たしてきました。

日本⇔ポルトガルの直行便がないため、ひとまず乗り継ぎ先のイギリスへ向かいます。

ジャンボ機に乗るのは久しぶり。

ロンドンまでは約12時間のフライトです。

飛行機から見た延々と続くシベリア平原に感動しました。
本当に広すぎです。

ロンドンからポルトガルへはおよそ2時間半のフライトです。
ロンドンでの乗り継ぎ時間は2時間半くらいありましたが、飛行機を降りてからのターミナルの移動やボディチェックに時間がかかってしまいました。


ボディチェックを終え、次はポルトガル航空のチェックインだ、と思ったらポルトガル航空のカウンターには客が並んでいるどころか担当者すらいません。
が、スイスエアーの人が手続きしてくれました。


チェックインを済ませ、あとはゲートを確認したら買い物できるな?とのんきに構えていましたが、搭乗1時間前になってもゲートの案内が出ません。
母と2人っきりなので不安になり警備員に聞くも「too early」。
周りを見るとゲート案内は搭乗40分前からとの看板が出ていましたが、こんなに時間がかかったことがないので遅いなぁと内心ハラハラしてました。
結局ゲートが決まったのは搭乗25分前。


写真はポルトガル航空の軽食です。

ポルトガルには夜10時過ぎに到着。

そのままホテルに直行しました。

宿泊ホテルはエストリル海岸のホテル・リビエラ。

ベストウェスタン系列のきれいなホテルだったので満足。
ただハンディシャワーではなかったので使いづらかったです。

写真は移動中の車内から撮ったホテル正面。

ポルトガル観光1日目。

城壁の町、オビドスが見えてきました。

1282年に時の王ディニスが王妃イザベラにプレゼントした町で、以後、王妃の直轄地になったそうです。


まず最初に目を引いたのが美しいアズレージョ。
ポルトガルのどこに行っても見かけますが、そこそこの歴史だったり人物だったり、テーマが違うのでアズレージョを見かけたら必見です。

ここにもアズレージョが。

ペロリーニョと呼ばれる罪人を吊るす為の吊るし台です。
町の中心にあるのは見せしめの為。

ペロリーニョがある=この町が自治を認められていた、ということになるそうです。

オビドスのメインストリートです。

両側に並ぶ店はそのほとんどがおみやげ屋さんか小さなレストラン。
とにかくたくさんの店が並んでいます。
おみやげ屋さんは本当に楽しくて最高!何を買うか迷いに迷うのも旅の醍醐味。

オビドスは青と黄色の装飾が多いです。
おそらく町のシンボルカラーなのでしょう。

その配色の美しさに見とれてしまいます。

町の外には水道橋がありました。
およそ3キロメートルだそうです。

オビドスで買ったおみやげです。

右はポルトガルならどこでも売っている超有名なニワトリの置物。
かわいいので買いました。

左はジンジャと呼ばれるさくらんぼのお酒。
こちらのアルコール度数は19度!ワインよりもきついですね。
甘いお酒ですが飲みすぎには注意が必要です。
ジンジャはポルトガル全土で作られていますが、特にオビドス産は質が高いことで有名。
私が買ったジンジャは大きいビンで9.9ユーロ、小さいビンで2.8ユーロでした。

続いて向かったのがカルダス・ダ・ライーニャ。

ここは朝市が有名です。

こちらでりんごを食べてみましたがおいしいくてびっくり。
1つ1つは小さいですが、酸味がなくて甘かったです。
皮が薄いので剥かなくてもそのままいけます。

カルダス・ダ・ライーニャはカラフルな建物が目立ちました。

次に向かったのはナザレ。

いよいよ大西洋とご対面!その海岸線の美しさに感動しました。

夏になると海の色はアクアブルーになるそうです。

アメリカ東海岸からポルトガルまでは約6時間なので、観光客はアメリカ人が多いようです。
日本人が東南アジアに行くような感覚でしょう。

しかしやはりここは有名な観光地。
日本人観光客も多いので日本語の案内板も見かけました。

ケーブルカーでシティオ地区へ向かいました。

このケーブルカーに乗っている時間は1分そこそこですが、急な斜面をあがって行くのでその景色の変化を楽しみました。

ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会です。

ここはあのヴァスコ・ダ・ガマも訪れたという美しい教会。

残念ながら内部の撮影は不可でした。

ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会の反対側にあるメモリア礼拝堂です。

こちらの礼拝堂の中の小さな窓から外をのぞいてみてください。
・・・すごいです。

この美しい大西洋を見に、私は日本からやって来たわけです。

とても美しい海岸線をずっと眺めていました。

上記掲載写真とこちらの写真の2点が、今回のポルトガル旅行で一番のお気に入りの写真になりました。


奇跡の町、ファティマへやってきました。

こちらの話を知っていたほうがわかりやすいので掲載します。


第1次世界大戦中の1917年5月13日、このファティマの地で奇跡が起こった。
9歳のフランシスコと7歳のジャシンタの兄妹、そのいとこにあたる10歳のルシアの3人は、いつものように丘の上で羊の番をしていた。
そのとき、突然空が輝き、聖母マリアが3人の目の前に姿を現した。
そして、今後5カ月間、毎月13日の同じ時刻にこの場所に現れることを告げて消え去った。
翌月の6月13日、村人は3人とともにその場所に集まったが、何も起こらなかった。
しかし3人だけには聖母マリアの姿が見え、声が聞こえたという。
(中略)

最後の出現の日である10月13日には、奇跡をひとめ見ようと7万人もの人々が集まっていた。
(中略)

そして聖母マリアはやはり3人だけに聞こえる声で、この地に礼拝堂を建てるように言い、3つの予言を告げたのである。
その予言とは、ひとつは第1次世界大戦の終結、ふたつ目は死者の国への訪問だった。
やがて聖母マリアの予言どおり第1次世界大戦は終結し、フランシスコとジャシンタは神に召された。
(中略)

ところで3つ目の予言であるが、その内容は口外することを許されず、ひとり生き残ったルシアと法王のみが知っているとされた。
しかし2000年になって、それは1981年の、ヨハネ・パウロ2世銃撃事件を予言したものだったことが発表された。
そして2005年2月、ルシアは97歳で天に召され、4月にはヨハネ・パウロ2世が逝去した。


地球の歩き方A23ポルトガル2006?2007年
著作編集 地球の歩き方編集室
発行所  株式会社ダイヤモンド・ビッグ社
2005年11月18日  改訂第12版第1刷発行

より引用 

広場はかなり広いです。

バチカン市国のものより広いとか。

こちらが3人の子供たちが奇跡を目の当たりにした場所です。

多くのカトリック信者が祈りをささげていました。

唯一の4つ星ホテル・デ・ファティマに宿泊しました。

古いのでちょっと使いづらい感はありますが、バジリカと目と鼻の先。
周りはおみやげ屋さんやレストランが取り巻いているので立地はかなりいいです。

ここの朝食は最高においしかったです。
オレンジを自分で搾って作るオレンジジュースや、舌がとろけそうなクロワッサンはかなりおすすめです。

ポルトガルはどこへ行ってもパンがおいしいですが、一番おいしかったのがここのクロワッサンでした。


ちなみにこの町からエアメールを出したところ(3月5日)、日本には3月10日に到着した模様です。

ポルトガル観光2日目。


この日はまずバターリャに移動しました。

写真はバターリャ修道院です。

この像があまりに大きくて感心しました。

マヌエル様式の美しい回廊です。

柱には大航海時代以降に作られた証とも言える『胡椒』をモチーフにした模様などが刻まれています。

無名の戦士が眠る参事会室です。

こちらの部屋には1本の柱もなく、いつか天井が落ちる!と騒がれたそうです。

こちらを警備する兵士は表情ひとつ変えません。

警備兵交代の儀式があります。

天井のない未完の礼拝堂がありました。

別の教会を建てるために経費が削られてしまったそうです。

しかし未完のおかげでここが有名になったのはいうまでもありません。


これからポルトガル行かれる方は、このシンボルを覚えておくと面白いかもしれません。

上から2つ目にある地球に黄色い帯を巻いたこのシンボルは、大航海時代にポルトガルとスペインが世界を二分したことを表しています。
つまりこのシンボルがある建物は、大航海時代以後に作られたことを意味します。

ポルトガルではこのシンボルをいろんなところで見ることができます。


バターリャ修道院の周りには、おみやげ屋さんやカフェが並びます。

こちらはとあるカフェでいただいたレモンフレーバーティー。
緑茶のようにも見えますが、レモンの皮で作られたさわやかな飲み物でした。

ここの名物のようです。

続いて向かった先が大学都市、コインブラ。

こちらは新サンタ・クララ修道院です。

1日目に観光したオビドスの街を愛したイザベルがこちらに眠っています。

すぐ近くには軍事博物館がありました。

こちらがコインブラの街並み。

慈悲深く、市民に愛された王妃イザベルがコインブラの町を眺めるように立っています。

彼女は手にカゴを持ち、毎夜城を抜け出してはそのカゴの中身を貧しい人々に配っていたそうです。

その中身とは、パンという説もあればバラの花だったとも伝えられており、イザベルの周りにはたくさんのバラの花が供えてありました。

イネス・デ・カストロが住んでいたという涙の館を改装したキンタ・ダス・ラグリマスホテルに向かいました。

イネスは実は皇太子の侍女。
皇太子と恋に落ちてしまった彼女はこの地で殺されてしまいます。

キンタ・ダス・ラグリマスホテルはとてもかわいくて、カップルで泊まりたいところです。
アメリカ人に人気だとか。

ホテルの裏にはイネスと皇太子が愛を語らった恋人たちの泉があります。

少し奥へ歩くとイネスが殺された涙の泉があります。

お世辞にもきれいな水とは言えません。

イネスの苦しみが反映でもされているのでしょうか。

続いてコインブラ大学へ。

こちらの鉄の門をくぐって中庭へ。

大学図書館です。

豪華な調度品と内部装飾がすばらしく、見るものを驚嘆させるこの図書館は必見です。

コインブラ大学の生徒は本を借りることができるそうです。

図書館の天井です。

コインブラの街並みです。
 

この日の宿泊地は5つ星ホテル、パレス・ド・ブサコでした。

その名の通り、昔王宮として使われていたホテルです。

2年前に日本の皇太子殿下もお泊りに。

王宮ホテルなので小さな回廊も。
アズレージョがきれいでした。

レストランの写真です。
ここにもおなじみのあのシンボルマークが。

5つ星レストランですが、カジュアルな格好でもOKです。
ドレッシーな格好だと逆に浮いてしまうかも。

シンプルなワンピース、またはスカートにアクセサリーというような、少しおしゃれしたくらいがちょうどいいと思います。

2階へ続く階段にも見事なアズレージョ。

夜になると鎧の騎士の目が光しくみに。

エレベーターには扉がついていません。

自分で各階のエレベーター口についている扉を開けて出入りします。

ポルトガル観光3日目。

この日はまずふもとのルーゾの町へ。

ミネラルウォーターが湧き出ていることで有名です。

地元の人々が水をくみに来ます。

常温でした。

アヴェイロ駅にやってきました。
ここは美しいアズレージョで有名な駅です。

小さな運河にはカラフルなボートが。

ポルトへの移動中にバスから見えたこの建物。

ユーロ2004の為に建てられたサッカー場です。

ポルトガル第二の都市、ポルトに到着しました。

写真は大衆食堂が並ぶカイス・ダ・リベイラです。

日差しが暖かくて気持ちのいい場所でした。

世界遺産指定されているこの街並みは必見。

ドウロ川にかかる鉄橋はとっても大きくて見ごたえあり。

鉄橋はいくつかありますが、フランスのエッフェル塔を設計したエッフェル氏によるものもあります。

ポルトのランドマークタワーです。

カイス・ダ・リベイラの対岸、ヴィラ・ノヴァ・ガイアの街並みです。

ここはポートワインのワイナリーが並んでいます。

ワイナリーのひとつ、GRAHAMを見学。

ポートワインは甘くて飲みやすいですが、甘いだけに食事とは合いません。
食前酒として、もしくは食後のデザートと共にいただくワインだそうです。

幸運にもビンテージワインを試飲させてくれました。

おいしいけど強いお酒なので飲みすぎに注意が必要とのこと。

ポルトガル観光4日目。

この日は電車でいっきにリスボンまで南下です。

ポルトからリスボンまでは4時間弱。


リスボン到着後はエドゥアルド7世公園へ。

ここは公園自体が斜面になっているので、天気のいい日はテージョ川までも見渡せるそうです。

バスの大きさほどもあるポルトガルの国旗が、エドゥアルド7世公園近くで高々と掲げられていました。

船の出入りを監視するために建てられた要塞、ベレンの塔です。

上に登りたい人は3ユーロ払うと入場できます。

眺めは◎
トイレがありませんので、行きたい人はこの塔の脇にある公衆トイレを使いましょう。

ベレンの塔の階段です。

正直めちゃくちゃ狭いので、太っている人(特に西洋人)とのすれ違いは正直怖かったです。

結構急な階段なので、運動不足の方は筋肉痛覚悟で登ってください。

ベレンの塔の近くにある発見のモニュメントに向かいました。

エンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマなど大航海時代に活躍した人物がテージョ川のほとりから大西洋方向を眺めています。

発見のモニュメントはかなり大きな記念碑です。

豆粒みたいに写っているのが私。

モニュメントの下には大きな世界地図が。
大きすぎて写真に入りきりません。

日本には1541年に到達されたと記されています。

日本では1543年にポルトガル人が種子島に漂着し鉄砲が伝播したとされていますが、初めてポルトガル人が日本にやってきたのは1541年のようです。

ジェロニモス修道院にやってきました。

リスボンで最も有名な建物だけあって、観光客はかなり多かったです。

特に現地の子供たちの社会見学が多くて修道院の中は大騒ぎでした。

ヴァスコ・ダ・ガマのお墓がありました。

美しい回廊があります。

地元でも評判のナタ(日本名エッグタルト)のお店・パティスリー・ベレンです。

ここのナタはポルトガルで食べたお菓子の中で一番おいしかったです。


店内はかなり込み合っていて、ここで不幸にもスリに遭ってしまった方もいるそうです。
貴重品から目を離さないように注意したほうがいいでしょう。

夜はオプショナルツアーのファドレストラン、オ・フォルカードへ。

歌手の声量がものすごくてビックリしました。

ファドは哀愁が漂う歌と言われていますが、個人的にはそういう印象はなかったです。

ポルトガル観光5日目。

この日はユーラシア大陸の西端、ロカ岬へ。

岬だけに風が強かったので、髪の長い人は髪留めを持っていったほうがいいと思います。

水平線を眺めながら西の果てを実感。
大航海時代の冒険者たちに思いを馳せてきました。

こちらで西端到達証明書を手に入れることができます。

1枚10ユーロと5ユーロの二種類ありますが、連名も可能です。

ロカ岬を後にし、シントラへ。

不思議な王宮、ペーナ宮殿へ行ってきました。

マヌエル様式・イスラム様式・ルネッサンス様式などの寄せ集めの上にこのカラフルな色使い。

これまで観光してきた王宮とはかなり違います。

残念ながら内部の撮影は不可。

高台にあるペーナ宮殿からは美しいシントラの森と街並みが見渡せます。

地下鉄を利用して、コロンボショッピングセンターでお買い物。

CORTEFIELのサンダルを一目見て気に入って買いました。
値段は48ユーロ。

北国に住む私にはしばらく履く機会がありませんが、それでも買ってしまった理由はやっぱりかわいいから。

同じくコロンボショッピングセンター内にあったZARA HOMEで買ったお皿。
こちらも一目ぼれで買いました。
1枚なんと2.5ユーロ。
あまりの安さに驚き店員に一度確認するもやはり2.5ユーロ。

というわけで大学時代の親友2人にあげようと3人おそろいで買いました。

他にもかわいい食器がたくさんありましたが、割れると嫌なので手荷物にしなければならずたくさん買えませんでした。

他にお香立てや灰皿などを購入。

夜はリスボンのウォーターフロント、ドッカ・デ・サンと・アマーロへ。

マリーナのすぐそばにバーやレストランが並んでいます。

ライトアップされた4月25日橋を眺めながら食べたシーフードが最高においしかったです。

この日は11時半にリスボン空港へ向かうので、少し早起きして広場を散歩。
市内の金通り・銀通りをウィンドウショッピングしました。

その後リスボン空港で免税手続きを。
普段、日本人は買ったものを見せろと言われることはないそうですが、日本人はどんなものをおみやげを買っていくのか興味のある係員は品物を見せてと言ってきます。
なので、免税品は手荷物に入れておいた方がよさそうです。

私たちも品物を見せるように言われ提出。
シントラで買った金細工のペンダントを見て満足そうにしていました。
「ポルトガルの金細工は世界一」だそうです。

その後空港内にハロッズのビュッフェでサンドイッチを食べました。
ここのサンドイッチが最高においしかったので、出国前にお試しください。

そしていよいよポルトガル出国。

やはり遅れて出発のブリティッシュエアウェイズでイギリスへ向かい、ヒースローでJALに乗り換え日本へ。

素敵な国ポルトガル。
思ってた以上に見ごたえがあったポルトガル。
また来ようと誓って帰ってきました。

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